シンガポールは何語?英語はどこまで通じるか、なまりの正体と公用語4つ
家庭で英語を使う人は48.3%ですが、85歳以上では11.8%です。英語がどれだけ早く通じるかは、目の前にいる人の年齢でかなり変わります。

最初に聞こえてくる文はとても短い
到着した日の夜、ホーカーセンターの列に並ぶと、カウンターから「You want what?」という短い文が飛んできます。答えると「Eat here or take away?」が続きます。学校で習った語順とは違い、しかも速いので、最初は一瞬止まります。
ここで焦る必要はありません。シンガポールの英語は二層になっています。看板や役所の書類、学校、ホテルのフロントで使う標準的な英語が一層。住民どうしが日常で使う口語がもう一層です。多くの人はこの二つを一日に何度も行き来します。
後者は現地でシングリッシュと呼ばれます。国立図書館局の資料は Singapore Colloquial English と記し、1970年代から目に見える現象になったと説明しています。英語の単語を土台に、マレー語・タミル語・ヒンディー語・閩南語・広東語・潮州語から語や抑揚を取り込んだ形です。
旅行者にとって大事なのは、どちらの層がどこで出てくるかです。空港の案内カウンター、ホテル、博物館の受付、大型チェーンの店員は標準的な英語に近く話します。ホーカーの屋台、市場、年配のタクシー運転手になるほど文が短くなり、単語が落ちていきます。
つまりカウンター越しの四語は、崩れた英語ではありません。その場でいちばん速い英語です。向こう側に立つ人はおそらく英語で学校に通い、家では別の言葉で育っています。その二つが、これから効いてきます。
三日目には落ちている語の位置が見え、六日目には同じ調子で聞き返すようになります。コーヒーの頼み方はホーカーセンターの記事にあるので、ここからはあの四語がどこから来たのかを追っていきます。

英語が話せなくても旅は成立します
先に結論だけ書きます。英語が得意でなくても、シンガポールの移動と食事と観光は成立します。看板、メニュー、券売機、駅の案内、博物館の解説、バス停の表示が英語で書かれているからです。
空港に降りた時点で英語の案内が始まります。入国審査の案内板、荷物受取所の表示、市内へ向かう電車の路線図とアナウンスが英語で、そのまま駅の券売機まで英語で進みます。最初の数時間で言葉に詰まる場面はほとんどありません。
読む英語と話す英語を分けて考えると気が楽になります。読む側はどこでも英語で揃っているので、地図アプリと駅名が分かれば移動は困りません。話す側は単語と指差しで足ります。
数字で見ると、家庭で最もよく英語を使う人は48.3%です。第二言語として使う人まで含めると74.2%になり、英語だけを使う人は6.4%にとどまります。つまり多くの人が二つ以上の言語を持っていて、こちらに合わせて英語に切り替えています。
公的な場面はすべて英語です。病院の処方箋、裁判、学校の授業、緊急通報の受け答えが英語で動きます。困ったときに通じる言葉は英語だと考えて差し支えありません。
変わるのは速さだけです。そしてその速さは、相手が口を開く前から見分けがつきます。
相手の年齢で通じ方が変わります
2020年のセンサスは5歳以上の居住者 3,596,284人を全数で数え、家庭で最もよく使う言語を年齢区分ごとに出しています。この表が旅行中の体感をほぼそのまま説明します。
家庭で英語を使う人は、5〜9歳で75.5%、10代後半で68.7%、20代後半で56.4%です。40代後半は46.9%、60代後半は29.5%、85歳以上は11.8%まで下がります。
これを一日の行動に置き換えます。カフェの店員、ショッピングモールの案内、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ地図のチケット窓口、ホテルの受付はたいてい40歳未満で、英語が最初に出てきます。文で話しても問題ありません。
一方、1980年代から同じ屋台を続けている店主は別の区分にいます。英語は通じますが二番目の言語で、メニューを指差して本数を指で示すほうが速いことがあります。これは失礼でも不親切でもなく、双方が早い方法を選んでいるだけです。
年齢の差がいちばん出るのは注文の場面です。若い店員なら「Could I have the chicken rice, please?」で止まらずに進みますが、年配の屋台では「Chicken rice, one」のほうが早く届きます。その場で早いほうを選べば、待っている列も自分も助かります。
市場、古い喫茶店、町の金物屋、年配のタクシー運転手も同じ区分です。目安としては、相手が年配なら単語で、それ以外なら文で話すと噛み合います。
どの区分の人に多く会うかは泊まる地区でも変わります。エリアごとの様子はエリア別の宿の記事にあります。そして、どの区分にも効く単語が一つだけあります。

「can」だけで会話が回ります
覚える単語を一つだけ選ぶなら「can」です。できる、いい、大丈夫という意味で使われます。「Can or not?」で可否を尋ね、「Can」で了承、「Cannot」で断りになります。
これは若者言葉ではありません。2000年4月29日にゴー・チョクトン首相が「良い英語を話そう運動」を始めたときの演説に、この形がそのまま例として出てきます。ジンバブエでキャディに「Would you permit me to test your putter?」と尋ねられた話のあとに、シンガポールなら「Can try your putter or not?」になると書かれています。
同じ演説には「Got old balls give me can or not?」も出てきます。使い古したボールをもらえないか、という意味です。首相が例に挙げるほど日常に染みた形だということです。
旅行者にはこの形のほうが楽です。品物を指して「Can?」と聞けばたいてい通じます。値引きの意味にはならないので、誤解も起きにくいです。
もう一つよく聞くのが「Got」です。あるかどうかを聞くときに「Got vegetarian?」のように使います。「Where got」は否定に近く、そんなものはない、という響きになります。
「can」と「got」と指差しがあれば、注文も、量の調整も、席の確認も足ります。
文末の lah・leh・lor には意味があります
「Okay lah.」「Like that leh.」「Cannot lor.」最初は間投詞のように聞こえますが、国立図書館局の資料はこれをシングリッシュの文末表現として整理しています。話し手の態度がここに乗ります。
おおまかに言うと、lah は話を締める働きです。急かしたり、安心させたり、もう決まったことだと知らせるときに付きます。leh は柔らかい反論やためらい、lor は仕方がないという含みに近いです。
同じ「できません」でも、「Cannot lah」は断定で、「Cannot lor」は残念そうに響きます。後者なら、別の方法を一緒に探してくれることもあります。
屋台で「Aiyo」という声が聞こえることもあります。困ったとき、驚いたときに出る言葉で、注文が売り切れていたり、釣り銭が足りなかったりする場面でよく出ます。怒っているわけではないので、気にせず次の一言を待って構いません。
自分で使う必要はありません。聞き分けられるだけで、次に何をすべきかの判断が速くなります。
同じ単語を二度言うと意味が変わります
シングリッシュには単語を繰り返す規則があります。国立図書館局の資料はこれを繰り返し(reduplication)と呼び、品詞ごとに働きが違うと説明しています。
名詞を繰り返すと近しい人を指します。「Where is your boy boy?」は息子か恋人のことです。形容詞を繰り返すと程度が強まります。「Don’t always eat sweet sweet things」はとても甘いものを控えるようにという意味です。
動詞を三回繰り返すと動作が続いていることを表します。「I walk walk walk then I fall down」は歩いている途中で転んだ、「Bus always stop stop stop」はバスが止まってばかりだという意味です。
二回だけだと逆に弱まります。「cry cry」は少し泣く程度です。規則がないように見えて、時制や程度が別の場所で示されています。
そこに省略が重なります。同じ資料は時制・複数・冠詞・be動詞がよく落ちるとし、「You walk so slow」「She shop here yesterday」「Teck very rich」を例に挙げています。昨日の話でも動詞は変えず、金持ちだという話に be動詞を入れません。
最初の一日は聞き取りに苦労します。三日目には落ちている場所の見当がつくようになり、速さが問題ではなくなります。
なまりの正体は抑揚とリズムです
シンガポールの英語が聞き取りにくいと感じる理由は、単語よりも抑揚とリズムにあります。語尾の子音が弱く、強弱の差が小さく、文が速いので、区切りが取りにくいのです。
その抑揚はどこから来たのか。国立図書館局の資料は、シングリッシュの抑揚と語彙にマレー語・タミル語・ヒンディー語・閩南語・広東語・潮州語が影響していると書いています。英語の単語を、別の言語のリズムで話していることになります。
借用語も混ざります。「agak agak」はマレー語から来た表現で目分量という意味、「kaypoh」は閩南語から来た語で世話焼きを指します。どちらも同じ資料が例に挙げています。
対処法は単純です。聞き返すときは「もう一度」ではなく「ゆっくり」とお願いすると解決します。言い換えより速度が原因のことが多いからです。
それでも通じないときは、文をやめて単語にします。「This one, two」と指差せば、屋台のやり取りはほぼ片付きます。
華語はどこまで使えるか
家庭で華語を最もよく使う人は29.9%です。英語を主にしながら華語も使う27.1%を足すと、5歳以上の57.0%が家庭に華語を持っていることになります。
中国語ができる場合、その強みが出るのは英語が遅い場所です。チャイナタウンの古い店、ホーカーの年配の屋台、漢方薬局のような場所で通じ方が変わります。
逆に若い店員には英語のほうが速いことが多いです。5〜9歳の47.1%が家庭で英語と華語の両方を使っていて、その世代が働く年齢になると英語が先に出てきます。
発音は台湾や中国本土とは少し違います。閩南語・広東語・潮州語を使っていた世代が華語に移ってきた経緯があり、抑揚にその痕跡が残っています。
屋台の注文で華語を使うなら、品名と数だけで十分です。料理名は現地の呼び方が定着しているので、地図アプリの表記をそのまま読み上げるほうが早く伝わります。
文字は簡体字です。教育省が1969年に498字、1974年に2,287字を整理し、1976年に中国本土の方式へ揃えました。看板も案内も政府サイトの中国語ページも簡体字で出てきます。ここまでが今の風景です。一世代さかのぼると、同じ店で別の言葉が行き交っていました。
祖母の言葉は孫に残りませんでした
センサスの表でいちばん目を引くのは方言の行です。85歳以上では60.5%が家庭で中国語の方言を使っていて、閩南語だけで26.8%あります。5〜9歳では0.3%です。
三世代で入れ替わった数字です。曾祖母の家庭では閩南語や潮州語が日常で、その孫たちの家庭では英語と華語が日常になりました。
ホーカーセンターに座っていると、その断層が見えます。屋台の店主は隣の屋台へ方言で、60代の客へ華語で、こちらへ英語で話しかけます。二十秒ほどの間に三つの言語が出てきます。
この断層は家の中にも残っています。祖父母の世代が方言で話しかけ、孫が英語で返し、間の世代が華語で橋を渡すという場面が、いまも珍しくありません。食堂で三世代連れの会話が途中で言語を変えているのは、そのためです。
65〜69歳は中間です。華語が37.4%、英語が29.5%、方言が20.0%。いま市場や古い屋台を支えている世代がここにいます。
言葉が家庭から抜けていくのは偶然ではありません。これには始まりの日付があります。1979年9月7日です。
1979年9月7日、方言をたたむと決めた日
1979年9月7日、リー・クアンユー首相が「華語を話そう運動」を始めました。対象は英語ではなく、華人家庭で使われていた中国語の方言でした。
国立図書館局の資料は目的を三つ挙げています。言語環境を単純にすること、出身地の違う華人どうしの意思疎通をよくすること、二言語教育政策を支えることです。
背景には1966年に採用された二言語政策があります。英語を第一言語とし母語も学ぶ仕組みでしたが、1970年代になっても方言が家庭で強く残り、政策が思うように進みませんでした。
運動は1979年8月に作られた委員会が進めました。中国語メディア、文化・教育団体、商工団体、同郷団体が参加し、当時文化省の政務次官だった Ow Chin Hock が委員長を務めました。
結果はセンサスの数字に残りました。方言は2010年の14.3%から2020年には8.7%になり、若い世代ではほとんど残っていません。空いた場所には華語と英語が入りました。
そして20年後の4月、今度はその英語が壇上に載せられます。
2000年4月29日、首相がゴルフの話を始めます
2000年4月29日の午前10時30分、ドーバードライブにある ITE 本部の講堂で、ゴー・チョクトン首相が「良い英語を話そう運動」を始めました。演説の全文が国立公文書館に残っています。
論点は経済でした。シングリッシュは中国語の統語を使い、中国語の言い回しをそのまま訳すため、外から来た人には分かりにくいという指摘です。例として挙げられたのが「You got money, sure can buy one」と「This is my one」で、後者は这是我的の直訳だと書かれています。
そこにジンバブエのゴルフ場の話が入ります。キャディの丁寧な英語に感心し、使っていたボールを全部渡したうえ新しいボールも渡したという場面です。そのキャディは中等学校を終えていないが、白人ゴルファーのそばで英語を身につけたと書かれています。
演説には教育省の報告も出てきます。「子どもの60%が家庭で英語にほとんど触れないまま入学する」という一文です。2000年のシンガポールはそういう状態でした。
終わり近くで、「You see me no up」という言い方をやめようと呼びかけています。見下されている、という意味の表現です。そしてその途中で、テレビ番組の登場人物が名指しされます。
この演説には、テレビ番組の登場人物が名前で出てきます。
ドラマの主人公が英語教室に通わされた話
1990年代に人気だったテレビドラマ「Phua Chu Kang」の主人公は建設業者で、口ぐせがそのまま流行語になりました。「Use your blain」と「Don’t pray pray」です。brain を blain、play を pray と発音する癖がそのまま定着した形です。
1999年のナショナルデー演説で、ゴー・チョクトン首相がこの人物を名指ししました。シングリッシュが広がる要因に放送があるとして、主人公が成人向けの基礎英語の講座に通ってはどうかと提案したのです。
放送局はこれを受け入れました。当時の TCS は番組内のシングリッシュを抑えると発表し、実際に主人公が英語教室に通う設定が入りました。
同じ年、リー・クアンユー上級相もタンジョンパガーの行事で同じ話をしています。記録に残っている一文は「Singlish is a handicap we must not wish on Singaporeans」です。
政府がドラマの台詞まで問題にした時期でした。ところが同じ運動の公式文書をいま開くと、語り口が変わっています。
政府が一歩引いた場所
「良い英語を話そう運動」はいまも続いています。公式の紹介文にはこう書かれています。「The Speak Good English Movement recognises the existence of Singlish as a cultural marker for many Singaporeans.」
多くのシンガポール人にとってシングリッシュが文化の目印として存在していることを認める、という文です。2000年の演説とは明らかに調子が違います。
同じ文書は運動の役割も書き直しています。シングリッシュしか話せない人と、シングリッシュを標準英語だと思っている人が標準英語を使えるように助けること、そして標準英語・壊れた英語・シングリッシュの違いを分かるようにすることです。
国立図書館局の資料も同じ変化を記録しています。政府はシングリッシュを文化の目印として認めるようになり、運動の役割も場面によって使い分けられるよう助ける方向へ変わった、という説明です。
委員会の顔ぶれもそれを映しています。委員長は Jason Leow、副委員長はシンガポール社会科学大学のLudwig Tan 准教授で、国立図書館局や放送、出版、病院、文学祭の関係者が並んでいます。
旅行者がこれを知っておくと、屋台で聞こえる短い英語の受け取り方が変わります。相手は場面を見て話し方を選んでいるだけで、必要なら教科書どおりの英語も出せます。
20年で数字がひっくり返りました
家庭で英語を最もよく使う人の割合は、2000年のセンサスで23%でした。2010年に32.3%、2020年に48.3%になっています。
同じ10年で華語は逆に動きました。35.6%から29.9%へ下がり、2010年まで英語より多かった順序が2020年に入れ替わりました。
マレー語は12.2%から9.2%へ、タミル語は3.3%から2.5%へ、中国語の方言は14.3%から8.7%へ動いています。
2000年の演説の一文と2020年の表を並べると落差が見えます。子どもの6割が家庭で英語にほとんど触れなかった国で、いま5〜9歳の75.5%が家庭で英語を使っています。
だから年齢によって言語の経歴が違います。85歳の人は方言で育ち、50歳の人は英語と華語で学び、10歳の子は食卓でも英語を使います。その三人が同じホーカーセンターにいます。
通りの名前に四つの名前が重なっています
リトルインディアを通る大通りがセラングーン・ロード地図です。国立図書館局の資料はこの名前をマレー語に求めています。コウノトリ類の鳥を指す「Ranggong」から来たという説明と、銅鑼で動物を追い払うことを指す「di-serang dengan gong」から来たという説明が並んでいます。
同じ資料には別の名前も出てきます。中国語では hou gang lu で、港の裏の道という意味です。閩南語では au-kang、広東語では hau-kong で、裏の川という意味になります。
一本の道にマレー語由来の英語表記があり、華語の名前があり、閩南語と広東語の名前があります。地下鉄の案内に出ているのはそのうちの一つです。
ドービーゴート地図も同じです。洗濯人を指すヒンディー語の dhoby と、水辺の階段を指す ghaut から来ています。インド出身の洗濯人が小川で洗濯をしていた場所で、タミル語では洗濯人の通りと呼ばれていました。
駅名を読むだけで、シンガポールにどんな言葉が積み重なっているかが見えます。リトルインディアやカンポングラムを歩くときに看板を見ると、その層がもっとはっきりします。

国歌はマレー語で歌います
憲法153A条は公用語を四つ定めています。マレー語、華語、タミル語、英語です。そして同じ条の第2項が国語を別に定めていて、国語はマレー語、ローマ字で書くとされています。
だから国歌「Majulah Singapura」はマレー語で歌われます。1958年に Zubir Said が作曲し、他の三つの公用語に公認訳がありますが、斉唱はマレー語です。国家象徴法(2022年)は2023年8月1日に施行されました。
同じ条には但し書きもあります。誰も他の言語を使うこと、教えること、学ぶことを禁じられない、という内容です。四つを公用語に定めながら、残りを閉め出さないと書いてあります。
マレー語は地名や料理名にも残っています。シンガポールは1965年までマレーシア連邦に属し、それ以前はマレー世界の港の一つでした。
公共の掲示では四つの言語が並ぶことがあります。政策がそのまま目に見える形になっている場所です。

学校ではいまも二つの言語を学びます
教育省の案内によると、母語は必修科目として残っています。授業は英語で行い、母語は第二言語として学びます。公式の母語は華語、マレー語、タミル語の三つです。
割り当ては民族に従います。二つの民族で登録されている生徒は前の要素で割り当てられ、申請すれば後ろの要素に変えられます。ユーラシアンやそれ以外の民族は、申請して三つから選べます。
タミル語を使わないインド系の生徒は、ベンガル語・グジャラート語・ヒンディー語・パンジャブ語・ウルドゥー語を申請できます。これらの授業は教育省の外の機関が運営し、校外の時間に開かれます。
2024年9月14日の母語シンポジウムでは、チャン・チュンシン教育相が母語教育を広げる方針を発表しました。2026年から小学校卒業試験の母語の成績がよければ中等で上級母語を選べるようになり、2025年から小1・小2の母語の時間に週30分の読書が入り、2029年までに全学年へ広がります。
これが旅行者に関係する理由は単純です。いま店や食堂で会う20代と30代は全員この制度を通ってきていて、英語で学校生活を送り、母語を一科目として学んできました。だから会話の途中で言語を切り替えても止まりません。
困ったときにかける番号
シンガポール政府の案内によると、警察は999、救急と消防は995です。この二つを覚えておけば急な場面は乗り切れます。
声を出せない状況では、警察にショートメッセージを送れます。番号は70999です。急を要さない搬送には1777の非緊急救急車があります。
急ぎではない警察への問い合わせは1800 255 0000、交通関係の案内は6547 0000です。怪しい電話やメッセージを受け取ったときに確認できる相談番号は1799です。
電話は英語で応対されます。公的な場面で通じる言葉は英語だと考えて差し支えありません。最初に場所を伝え、次に何が起きたかを短く伝える順番が速いです。
場所は駅名や建物の名前がいちばん正確です。通りの名前は似たものが多く、駅名のほうが誤解が少なくなります。
到着してすぐ使えるデータ通信については、シンガポールの eSIM・SIM の記事に選び方を書いてあります。
病院と薬局、入国審査では
病院と薬局では英語が基本です。処方箋も薬の説明も英語で書かれています。症状を伝えるときは、痛む場所を指して、いつからかを言う順番が通じます。
受付では旅券を見せるところから始まります。名前の表記が旅券と同じであれば手続きは進み、会話は症状と時間の二つだけで足ります。支払いは診察のあと窓口でまとめて行います。
公立病院では華語やマレー語、タミル語も飛び交います。センサスの割合が待合室でそのまま見える場所です。
薬局で買える薬と病院で処方される薬の境目は日本と違うことがあります。必要な薬の名前を書いて持っていくと会話が短くなります。
入国審査と税関はすべて英語です。電子到着カードの手続きと持ち込みの決まりは入国の記事にまとめてあります。
買い物と税金の払い戻しの手続きも英語で案内されます。窓口と条件は両替と決済の記事に書いてあります。
覚えておくと楽な言葉
「take away」は持ち帰りです。「dabao」も同じ意味で屋台では同じくらいよく使われます。閩南語から来た言葉です。
「can」と「got」はすでに出てきたとおりです。「where got」は否定に近い返しになります。「shiok」はとてもおいしい、気持ちいいという意味で、食べ物によく使われます。
「agak agak」はマレー語から来た表現で目分量、「kaypoh」は閩南語から来た語で世話焼きを指します。どちらも国立図書館局の資料が例に挙げているものです。
「uncle」「auntie」は年上の人への呼びかけとしてよく聞きます。親族関係とは関係なく使われます。
料理名にはマレー語と閩南語が多く混ざっています。nasi はご飯、mee は麺、teh はお茶です。この三語を探すだけで何を出す店か見当がつきます。料理そのものはチキンライスの記事とホーカーの記事にあります。

次にその音が聞こえたら
「Can lah」が聞こえたら、その場の話は終わっています。できる、もう聞かなくていい、という合図です。
「Cannot lor」が聞こえたら、相手も残念がっています。別の屋台へ移ればいいだけです。
店主が年配なら単語を短く、若い店員なら文で。中国語ができるなら年配の側で速く通じます。この三つだけ覚えておけば、言葉で困る場面はほとんどなくなります。
言葉が通じるかどうかを心配するより、相手の年齢を見て話し方を合わせるほうが実際には効きます。短くする、場所は駅名で言う、速ければゆっくり頼む。この三つで足ります。
そしてその短い文がどうやってできたのかも、もう分かります。1979年に方言をたたみ、2000年に英語を正そうとし、いまは二つの層を使い分ける形に落ち着きました。
旅の他の準備はシンガポール旅行ガイドにまとめてあります。規則や罰金が気になる場合は罰金と注意事項の記事が別にあります。